ポピー

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「裏返していい?」
「そんなこと聞かないで」
彼は優しい。どこまでも優しい。でもそんなこと聞かないで。黙ったまま見つめてほしい。それですべてがわかるから。私は嬉しいの。私のことを裏返したいと思ってくれるそのことが。私もあなたを裏返したい。鍵盤に触れる彼の指を見つめながらめくるささくれを探した。
私たちは裏返された地球でたったふたりの男と女。山脈は消え、空に太陽はなく、砂漠のハイウェイがどこまでも続く地球の裏地。点滅を繰り返す街灯と、放置された一台のピアノ。彼の弾くメロディに惹かれて私はこの場所へやってきた。滅びた炭鉱の町。朽ちたダンスホール。色のないモーテル。すべてはこの世界が表だった頃の遺物。あぁ早く私をめくって。獣のように裏返して私を向こうに帰してほしい。
私は彼の手を自分の耳に導く。あたたかい彼の指が私のささくれをなぞる。
神が街灯を消す。
めくりあう私たち。
残された一輪のポピー。
公開:20/05/06 09:54

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