『文鳥』

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 祖母が壁を指差して「文鳥かね?」といいますので、私は「文鳥を飼っていたの?」と尋ねます。
 夢現に境目の失われた祖母です。
「家に文鳥が来た日は」
と、祖母はうれしそうに話し始めました。
「ガラガラガラと扉が開いて、真っ白な三ツ揃いの背広と白いハット。桃色のネクタイの姿勢のいい男の人が、
『文乃はいるかい?』
 いません。
『千代ちゃんだね。僕はお母さんのお兄さんだ。始めまして』」
 女学校時代、文学少女だった母、つまり私の曾祖母は、兄とよく『永日』という図書館みたいな喫茶店に通っていて、そこが廃業するので好きな本を上げると言われたから、曾祖母が好きだった本を持参したと。
 それは漱石の『文鳥』という単行本だったそうです。
「でも、なかったんだよ」
「なにが?」
「お兄様も『文鳥』も」
「不思議ね」
「文鳥かね?」
 祖母は再び壁を指差しました。すると今度は、文鳥の声が聞こえたのでした。
ファンタジー
公開:20/05/06 00:52
宇祖田都子の話

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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