近い遠足

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今年の老人会の遠足は「小学校」だ。みんな不思議な顔をした。むかし通った学校で何か行事でもあるのだろうか。集合場所の商店街から歩いて五分。
「こんな近い遠足は初めてじゃ」誰かが言った。
誰も迎えない小さな校門をくぐる。
運動場の砂がぱらぱらと靴底につく。鉄棒がぽつんと砂場の端に立っている。鉄棒の下は空っぽだ。
校舎に入る。廊下を誰かが、いや誰も走らない。水飲み場にぽつぽつと水が滴り落ちている。
教室の椅子と机は小さい。みんなは昼食をとる。かつての給食と同じメニュー。乾いた食パン。
音楽室のピアノは古くて鍵盤を叩くとかたかたという音だけ。誰かが何か歌おうとしたけれど歌詞が出てこない。
階段がぎしぎしと軋む。冷たい大理石の手すりが湿って、あちこちに六十年七十年の指紋が残っている。重なり合う指紋のなかから自分の指紋を判別できた人から家に帰っていいことになっている。できない者はできるまで帰れない。
その他
公開:20/03/02 08:28

たちばな( 東京 )

2020年2月24日から参加しています。
タイトル画像では自作のペインティング、ドローイング、コラージュなどをみていただいています。
よろしくお願いします。

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