そしてあたたかく

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ずっと憧れていたマンホールには先客がふたりいた。とても深く、とても暗く、とても狭い筒に私が入ったことで身動きが取れなくなった。底だと思ったそこはまだ底ではなく、ずるずると落ちながら底はまだ見えない。
誰かが蓋を閉めた。私はめくれるスカートを直して密着具合を調整しながら、まずはふたりに挨拶をした。
「川口から来ました」
顔の見えないふたりが「おぉ」と声を漏らす。マンホールの蓋と言えば鋳物のまち川口だ。
「私は大阪から」
ダンディな声。肩にカナリア。プロのマンホーラーかもしれない。
「ぼくは舞鶴」
こっちは男の子だ。幼い頃からこんな上質なマンホールに触れているなんてすごい。
ずるずると上着が擦り切れて肌がスースーしてくる。
もう帰れないと思った。
「せめて結婚しませんか」
ダンディな声が言う。
確かに一度くらい。私は悩んだ。
「おしっこ」
男の子が叫ぶ。
残された時間はわずかだ。

あ。
公開:20/02/27 09:57
更新:22/02/13 15:13

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