雨乞い

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山の神には海のものを捧げる。海の神には山のものを捧げる。そんな島で私は彼を好きになった。
私と彼は全く違う生きものだ。彼には長い尻尾がある。美しい体毛がある。月明かりを呼吸するような優しい瞳と、風の歌を聴きわける凛々しい耳。遠吠えする彼の横顔には果実のような魅力があって、かじりつきたい衝動に私は戸惑う。
私は魚。岸辺で彼を待つことしかできない。満月の夜、私は彼にこの衝動を伝えようとした。でも岸辺には私を釣り上げようとする人たちがいる。彼は人を恐れないけれど、人は彼を恐れ、彼の命を奪った。
私の衝動は絶望へと変わり、その絶望を洗うように、私は世界中の海を泳いだ。
呆れるほどに時は過ぎ、老いた私は彼と出逢った岸辺で、もう充分だと釣針をのんだ。
私のからだは釣り人の手で山の神となった彼に捧げられた。
山々に降る雨に溶けた私の想いは、それを飲む人々に伝播して、恋と呼ばれる多くの衝動を生んだという。
公開:20/02/17 15:11
更新:20/02/17 15:35

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