紡香師（ほうこうし）陸拾捌～ポプリ

「……おや、お邪魔だったかね？」
のほほんとニヤニヤの真ん中の、生温～い声。こっそりチューし掛けた絶妙のタイミング。覗いてたんじゃないだろうな……。
「どうも、ご無沙汰っす園長」
植物園の園長。テディベアみたいな丸いおっさん。人畜無害を絵に描いた様だが、一皮剥けば、この人もなかなかだ。
「ローズマリーだね。かなり個性的だが」
「さすが本職。ポプリ作ったんす、病室に置こうと思って」
ドライのローズマリーと精油を瓶に詰め、熟成させたポプリ。初めて作った失敗作の精油。きつ過ぎて、直に触れば目にくる様な代物を、香月さんは欠かさず使ってくれた。
「毎日通うの難しくなるんで。『紡香堂』の営業、再開するんすよ。二人で続けようって、香月さんと約束したから」
「香月君もだが、君もいい青年になったねぇ、乾君」
素直に嬉しかった。窓の外は、一面桜の匂い。
昏睡から半年。俺は二十一になり、香月さんは三年分育った。