紡香師（ほうこうし）陸拾～カンフル

「マッサージしましょう、香月さん」
「いいよ、自分でやっから」
「練習台。……ね？」
座椅子に寄っ掛かった香月さんが、渋い顔で手を突き出す。
「んじゃ、ローズマリー。お前の」
精油を使ったオイルマッサージ。リンパの流れを整え、精神安定や疲労回復、冷え性改善効果がある。アロマテラピーの資格も取ろうと勉強中。
「あれはきついでしょ、時期的にも」
……睨まれた。鉢植えのローズマリーから採った精油。俺は調香メインで、創香の技術までは磨けてない。初めての挑戦は、ぶっちゃけ失敗だった。
「うわ冷った。ついでに足も」
「イヌスケ。もういいよ」
真夏なのに氷みたいな手。声も細く、途切れがちに喋る。開始から四週間。目に見えて蝕まれてる。
「正念場っすよ。夜も戻らなくなった。もう一息」
「お前がだ。……このままじゃ、お前が先に」
「……大丈夫。一緒だから、絶対大丈夫」
信じよう。香月さんを。俺を。――二人を。