紡香師(ほうこうし)弐拾弐~香食

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濁った眼に、光が戻った様に見えた。
「け……い、ち」
母親は、息子を見てた。何十年も音信不通のはずなのに、まともに動く力も残ってないのに、間違いなく息子を見分けて、名前を呼んだ。
「……か、さ……母さん」
詫びどころか、そこで詰まった。もう老人に近い男が、声も出ないくらいしゃくり上げて、ぼろぼろ涙こぼして泣くのを初めて見た。
枯れ木みたいな手が、取り縋った白髪頭を撫でて――撫でようとして、
ぱたん、と落ちた。

奇跡は一分も保たなかった。


「香食(こうじき)って、仏教の考えでさ。死んだ人間は、匂いしか食べれないって。葬式とかで線香焚くだろ。あれは道しるべでもあるし、ご飯でもあるんだってさ」
後部座席から聞こえる香月さんの声は、静かだった。
「良いよな。年取って、家族に看取られて、ちゃんと死ねるって」
こてん、とシートに倒れて、もっと静かになった。
この人は、こんな風に泣くんだと思った。
ファンタジー
公開:20/01/30 00:00
更新:20/01/30 16:41
お詫び。 息子の名前が主人公とかぶる為 1/30、変更いたしました。

創樹( 富山 )

創樹(もとき)と申します。
前職は花屋。現在は葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書き(もどき)をしております。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.12執筆参加
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。

【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞。2022年6月アンソロジー出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞受賞

いつも本当にありがとうございます!

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