紡香師（ほうこうし）拾壱～精油

寝坊して飛び起きた。車飛ばして駆け込む、十分の遅刻。
「すいません遅れました！」
戸を引いた瞬間、空気が違う。
「遅ぇぞイヌスケ。次やったら減俸」
匂いが違うんだ、作業場の灯りで気付く。精油を焚くアロマランプ。新作の試用だろう。
「ラベンダーっすか？」
「スパイクラベンダー」
紡香師の香月さんは、出来合いの香料を使わない。原料は仕入れても、抽出や精製は自分でやる。店で売るのは、丹精込めたオリジナル。創っては試し、改良し、試行錯誤を繰り返して紡ぎ上げる。
「嗅いでると、目ぇ覚めそう……。ラベンダーって、鎮静とか安眠とか聞いたけど」
「種類で違うんだよ。こっちは？」
匂いが変わる。近い様で全然違う。
「……あ、何か、急に落ち着く」
「これが真正ラベンダー。他が偽物じゃなくて、原種と亜種の違いな。効果が変わるから、使う時は…」
「ふぁい、気ぃつけ……」
「寝んなボケ！！」
どつかれた、が、寝た。