メンタルに醤油がけ

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私は今キッチンで醤油と見つめあっている。ふたりきり。夫は漁に出たきり帰らない。
鮮度が長くキープされるという構造の彼。柔らかいなで肩のプラボトルは私を穏やかな気持ちにさせる。中栓のない彼の言葉はいつだって優しく香り立つ。
春は恋の回路が乱れるらしい。
いつも人間ばかりに恋をしてきたありきたりな私が、春になるとどういうわけか麹に恋をしてしまう。日本酒やお酢や本みりん。
私はよくこのキッチンで醤油の彼に恋の悩みを相談していた。性別や液体を超えた友だちだと思っていた。それなのにある日、私は煮豆を作りながら、ふと彼の存在にドキドキしている自分に気がついた。春の悪戯だ。
生のままの醤太と火入れの醤次が私を奪いあい、今私の前にいるのは火入れの醤次だ。夫は漁に出たきり帰らない。私はいつかお揚げになって醤次のすべてを吸いとってしまいたい。
「もうすぐ救急車が来るから」
元彼の麦味噌が心配そうにそう言った。
公開:20/04/01 16:32

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