櫻貝(五)-結
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「櫻に貝が二つあるのは、つがいだからです」
夫が私の手に、また貝を乘せます。僅かにずれて重なる一組。先の切れ込んだ、櫻の花辨の形でした。
「櫻を旅立つ時、彼らは稚貝です。生命力と運に秀でた一握りが、想像を絕する長旅の果て、海に到ります。次第に成長しながら、約一年掛けて」
そして、海で片割れと出逢い、命を繋ぐ。波に委ねたつがいは、大洋を目指す船の樣に、濱を離れて行きました。
「海で產まれた卵は、再び風に運ばれ、櫻の樹で孵化し稚貝となり、次の花を待ちます。殆ど零に近い奇蹟を求めて」
跪いた姿勢から、夫は濡れた私の掌を捕え、口付け、額に戴きました。
「僕にとって、その奇蹟が君です。君にとっては、苦しいだけの日々でも」
御免なさい――音の無い吐息に私は、いつも飄々と見えた夫に、私が刻んだ傷の深さを知りました。
互いの鼓動と溫もりを重ね、蟠りを流し合い、私達は漸く、一つの櫻貝の樣な夫婦になりました。
夫が私の手に、また貝を乘せます。僅かにずれて重なる一組。先の切れ込んだ、櫻の花辨の形でした。
「櫻を旅立つ時、彼らは稚貝です。生命力と運に秀でた一握りが、想像を絕する長旅の果て、海に到ります。次第に成長しながら、約一年掛けて」
そして、海で片割れと出逢い、命を繋ぐ。波に委ねたつがいは、大洋を目指す船の樣に、濱を離れて行きました。
「海で產まれた卵は、再び風に運ばれ、櫻の樹で孵化し稚貝となり、次の花を待ちます。殆ど零に近い奇蹟を求めて」
跪いた姿勢から、夫は濡れた私の掌を捕え、口付け、額に戴きました。
「僕にとって、その奇蹟が君です。君にとっては、苦しいだけの日々でも」
御免なさい――音の無い吐息に私は、いつも飄々と見えた夫に、私が刻んだ傷の深さを知りました。
互いの鼓動と溫もりを重ね、蟠りを流し合い、私達は漸く、一つの櫻貝の樣な夫婦になりました。
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公開:20/03/31 15:56
櫻と貝
舊字體(旧字体)幻想
創樹(もとき)と申します。
葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書きもどきをしております。
小石 創樹(こいわ もとき)名にて、AmazonでKindle書籍を出版中。ご興味をお持ちの方、よろしければ覗いてやって下さい。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.13執筆&編集
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。
【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞 2022年6月作品集出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞
第二回ひなた短編文学賞 双葉町長賞
いつも本当にありがとうございます!
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