櫻貝(四)
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「櫻に棲む貝なのです」
夫の瞬きは、瞑目を堪えた速度でした。
「櫻の字に、貝が入っているでしょう。花辨に擬態する兩生の貝で、海と櫻の樹を往復して暮らします。探そうと思えば、花見に行く方が早道かも知れませんが……」
着褪めて皴の寄った肩掛けを見遣り、漏れた笑いは溜息に聞こえました。
――違う。責めたのではありません。言い差して淀む私の掌を零れた花辨は、風に乘って着水し、暫く搖蕩った後、靜かに潛って行きました。
「夏から冬は、幹と同じ褐色です。蕾が開く頃に色付き、櫻吹雪に紛れて川へ流れ、長い長い旅を經て、海へ辿り着く」
「……何の爲に?」
淚が眦を下りました。ただ、堪える事が出來ませんでした。春が巡る度、散り敷いては朽ちて。遙か隔たった山河から海へ屆く花辨が、あの無量に幾枚在るでしょう。
「櫻に棲んだままなら、苦しまずに濟んだのに」
「出逢う爲です」
夫の眼は眞っ直ぐ、私を見据えておりました。
夫の瞬きは、瞑目を堪えた速度でした。
「櫻の字に、貝が入っているでしょう。花辨に擬態する兩生の貝で、海と櫻の樹を往復して暮らします。探そうと思えば、花見に行く方が早道かも知れませんが……」
着褪めて皴の寄った肩掛けを見遣り、漏れた笑いは溜息に聞こえました。
――違う。責めたのではありません。言い差して淀む私の掌を零れた花辨は、風に乘って着水し、暫く搖蕩った後、靜かに潛って行きました。
「夏から冬は、幹と同じ褐色です。蕾が開く頃に色付き、櫻吹雪に紛れて川へ流れ、長い長い旅を經て、海へ辿り着く」
「……何の爲に?」
淚が眦を下りました。ただ、堪える事が出來ませんでした。春が巡る度、散り敷いては朽ちて。遙か隔たった山河から海へ屆く花辨が、あの無量に幾枚在るでしょう。
「櫻に棲んだままなら、苦しまずに濟んだのに」
「出逢う爲です」
夫の眼は眞っ直ぐ、私を見据えておりました。
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公開:20/03/31 15:52
創樹(もとき)と申します。
葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書きもどきをしております。
小石 創樹(こいわ もとき)名にて、AmazonでKindle書籍を出版中。ご興味をお持ちの方、よろしければ覗いてやって下さい。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.13執筆&編集
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。
【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞 2022年6月作品集出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞
第二回ひなた短編文学賞 双葉町長賞
いつも本当にありがとうございます!
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