櫻貝(三)
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海の中に、櫻が咲いておりました。
波閒を漂い、淺水を泳ぎ、岩藻に纏い、見渡す限り散り廣がる櫻色。確かに咲いていると表すべき眺めでした。
「よく似ているでしょう?正眞正銘、貝ですよ」
私は山鄕の出で、夫に嫁ぐまで、春は櫻と若葉の季節でした。白砂と靑海の春も美しいものですけれど、彌生と卯月の曆を捲ると、内心、親しんだ色を、上から塗り込められた氣がいたしました。
「本來、繁殖期は沖に居るはずで、僕も先日初めて見ました」
わざわざ緣を探してくれた。告げるのは憚られ、一人呑んだ胸の内も、夫は承知だったのでしょう。
「……綺麗」
夫は口を綻ばせ、もう一つ掘って、私の掌に預けました。
觸れて私は、別の意味で息を呑みました。
本當に貝ですか?問いを迷いました。夫の誠意を踏み躙る言葉に思えたのです。
ですが、これは私の識る貝ではありません。輕さも、溫度も、透けるばかりに薄い手應えも、紛れもなく花辨でした。
波閒を漂い、淺水を泳ぎ、岩藻に纏い、見渡す限り散り廣がる櫻色。確かに咲いていると表すべき眺めでした。
「よく似ているでしょう?正眞正銘、貝ですよ」
私は山鄕の出で、夫に嫁ぐまで、春は櫻と若葉の季節でした。白砂と靑海の春も美しいものですけれど、彌生と卯月の曆を捲ると、内心、親しんだ色を、上から塗り込められた氣がいたしました。
「本來、繁殖期は沖に居るはずで、僕も先日初めて見ました」
わざわざ緣を探してくれた。告げるのは憚られ、一人呑んだ胸の内も、夫は承知だったのでしょう。
「……綺麗」
夫は口を綻ばせ、もう一つ掘って、私の掌に預けました。
觸れて私は、別の意味で息を呑みました。
本當に貝ですか?問いを迷いました。夫の誠意を踏み躙る言葉に思えたのです。
ですが、これは私の識る貝ではありません。輕さも、溫度も、透けるばかりに薄い手應えも、紛れもなく花辨でした。
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公開:20/03/31 11:37
創樹(もとき)と申します。
葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書きもどきをしております。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.13執筆&編集
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。
【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞 2022年6月作品集出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞
第二回ひなた短編文学賞 双葉町長賞
いつも本当にありがとうございます!
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