夏草の線路

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海辺に行くと、季節外れの燕尾服を着た紳士が、耳に貝殻をあてながら近づいてきた。
「旅の方かな?これは実に快いものです。あなたも是非」
と言って、巻貝の殻を手渡してきたので、僕も同様に耳にあててみた。するとそこから、本物と寸分たがわぬ潮騒の音が聞こえてきた。
「その様子だと、想像していたのとは全く違ったようですね。あなたが聞いているのは、その貝殻が吸収した海の音です。昔から貝音と呼ばれていて、それが快音の語源となりました。あちらにもおもしろいものがありますよ」
紳士はステッキを高々と掲げ、僕についてくるよう促した。

高台に登ると朽ちかけた駅舎があり、夏草が生い茂った線路の下には無数の貝殻が敷き詰められていた。
「先程言ったように、音や振動を吸収するのでパラストとしても使われていた」
貝殻のひとつを耳にあて紳士の方を見ると、そこにはもう誰もおらず、汽笛と車輪が通過する音だけが耳に入ってきた。
ファンタジー
公開:20/03/28 12:25
更新:20/03/28 12:41

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