欲望の石

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石に向かって座る。ふっくらとしたソファにもたれて。目の前には大きな石が壁のように広がる。細かな肌理の石。やわらかな灯りで石の壁はぼんやりと明るい。
このバーに通うようになって一年。いつもひとりで石の前の席で水割りを愉しむ。
石に向かって何も考えない。仕事や生活や煩わしい人間関係のことなど石の前ではすっと消える。石が私の深層意識というか、心の底に語ってくれる。石が話すのではない。石の前で私の心が、私の欲望が明らかにされる。自身の欲望を知るとき私は冷静になれる。時に欲望が石に吸われるような気持ちにさえなる。一時間も石に向かうと冴えざえと心が洗われる。
この石を店に備えたマスターともすっかり親しくなった。
「ごちそうさま。石を教えてくれたマスターはまさにマイスターだよ」
「滅相もない。まだまだ修行中です。私の師はこちらです」
カウンターの奥には小ぶりで荒削りな石地蔵が鎮座していた。
その他
公開:20/03/27 06:08

たちばな( 東京 )

2020年2月24日から参加しています。
タイトル画像では自作のペインティング、ドローイング、コラージュなどをみていただいています。
よろしくお願いします。

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