窓の向こう側

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窓から入る陽光は、去年の今ごろと変わらない。光は壁を斜めにかけぬけ、床を暖色に照らしている。私は椅子を窓辺に動かし、深く腰かけ本を開く。その姿勢のまま目線を壁に移す。壁の光線を、窓に向かって目でなぞる。街は去年の今ごろと、まったく別の場所になっている。
私は目をつぶる。暗闇に、いつもの景色が現れる。日に何度もみかける老人、そして彼の曲がった背中。子供たちが駆けぬける足音そして、それらを追いかける笑い声。ベビカーをのぞきこむ母親、そして彼女の目尻にうっすら浮かぶ小じわ。買い物ついでに話しこむ主婦たち、そして彼女たちがつくるであろう夕食の予感。
あらゆる人々が街から消えていた。彼らも今、この風景を見ているのだろうか。
私は立ちあがり、窓ガラスに手をあてる。「爪が伸びている」と私はつぶやき手を離す。私は爪切りを棚から出し、窓ガラスに残った手形をみる。そのままゆっくりと、椅子に座る。
その他
公開:20/03/26 19:51

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