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彼はいつも私の足を踏んでくれた。私の恋は爪先にある。
古い住宅街。狭い路地の奥まった角地に私が働く花屋はある。道を間違えた車が迷いこんでは店先のバケツを倒すものだから、私は車がくるとバケツをずらして角に立ち、行き過ぎるのを待った。
彼の車は蜜蜂みたいにかわいい。黄色いボディをブンブンと吹かせて、石塀を何度も擦り、私の足を踏む。困り顔もかわいい。
私は店の角で彼の車を待つようになった。犬が甘噛みをするように、私の爪先を優しく踏む蜜蜂の彼。甘く刺されるような喜び。もっと直接踏んでほしいのに、この路地でドアを開けることなどできない。
走り去る彼の車。追いかける私の足の激痛。入院と退院。道路が拡幅されるほどに季節は巡り、ギプスの取れた爪先には一輪の黄色い花が咲いた。受粉した私の花には困り顔の実がひとつ。彼だ。
時は過ぎ、茫洋と開かれた道に受粉などない。私はひどく狭い路地で、彼に踏まれたいだけなの。
公開:20/03/26 08:40

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