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淡い陽光が体育館の床を柔く照らす。

椅子はまだ冷たさを覚えていたが徐々に染み込む陽射が信介を微睡みへと誘った。
混濁した意識は黄金色の稲穂が如く垂れた信介の頭をゆらり、ゆらりと揺り動かす。

卒業式のなんと心地良いことか――信介はゆっくりと意識の底へ沈んでいった。

「きし、のぶすけ」

刹那、先生の声が堕ちる意識をぐいと引き上げる。

「は『はいっ!』」

勢いよく立ち上がった2人のきしのぶすけ。
卒業生に注がれるはずの視線は一斉に信介を刺す。視線に縛られた信介は腰を浮かせたまま身じろぎ出来ずにいた。

数秒の静寂――徐々に漏れだす失笑。

娘は父を一瞥し、俯いた。隣に座る嫁は顔を赤く染め上げ殺気立つ表情で睨んでいる。

――信介は静かに腰を下ろした。

娘は無事卒業を迎えたが俺は岸家の退学届けを書かなきゃいけないかもな――思慮する信介をよそに春の陽射がまた意識を飲み込み始めていた。
その他
公開:20/03/23 22:00

てつじょ( 福島県 )

ショートショートや短編小説、推理小説辺りが大好物。今はホラーやミステリー、SFにはまり気味。完全趣味で小説を書き始めたんですが、短いものだけでも発表しようかなと3月18日より投稿開始。皆さん宜しくお願いします。

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