乙女たち

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私は病室の机で箸を転がしている。
右から左へ。左から右へ。手前から向こうへ。やはり笑えそうにない。杉や柳やクロモジ、いろんな木の箸を試した。プラスチックの箸や金属の箸、上質な塗り箸でも笑えなかった。
「箸が転んでもおかしな年頃だろ。だから俺のことは忘れてくれ」
フラれたのは15のときだ。相手は囲碁教室の先輩。大好きだった先輩が将棋に転向すると急に私に冷たくなった。
だから俺のことは忘れてくれ。だからって何?戦争って何?思い悩むうちに私の思春期は終わった。
私は90を過ぎ、ついに箸で笑うことなく人生を終えそうだ。
見舞いに来てくれた友だちはそんな私の話を笑っている。いつも笑顔の彼女。私は真顔のままでこの世のドアを閉めた。
焼却炉の窓から彼女が骨を拾うのを私は見ていた。彼女は箸を落とし、それでまた笑っている。
「それ私の骨じゃないよ」
窓越しにえへへと笑う彼女。
私は灰になるまで存分に笑った。
公開:20/03/19 20:43
更新:20/03/21 09:21

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