不買の男

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 文房具店でペン先にライトを内蔵したボールペンを見かけて、以前、暗闇でパートナーの裸体を小さな懐中電灯で焦らすように照らし出していたら、なんだか目をつむって直接肌に触れているかのように感じられてきて、ただもうひたすらに光で撫でまわしていたら、突然、肩も首も臍も乳首も見失って、肌がのっぺりと廃工場の壁面いっぱいに拡がっているように見えたことを、ふと思い出すと同時に、映画館で突然、隣で同じ映画を見ているパートナーとは違うパートナーへ、こんな暗闇だからこそ伝えられるかもしれない恋文をしたためようと、見ないで文字を書いたときの、まるで文字そのものに触れているかのような生々しさに我を忘れ、映画の後、トイレでその恋文を読み返したら途中から、ただ「ぬ」ばかりが書き連ねてあることにぎょっとしたりしたことを思い出した。
 それ以来、目をつぶって文字を書くことが趣味になった私は、そのボールペンを買わなかった。
その他
公開:20/03/17 19:41
更新:20/03/17 21:29
シリーズ「の男」

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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