丹田を耕す

『臍下丹田（せいかたんでん）呼吸法』
『正しい姿勢。丹田を意識し気を……』

……あ～、また出た！
朝から気分が急降下。健康ミーハーな父が、トイレに掲示する『俺語録』。目線の高さにある為、用足しの間中読まされる羽目になる。現在彼は呼吸法と姿勢に凝っており、調べた情報を随時更新する。トイレで呼吸の秒数とか腹に力をとか、お尻を締めてとか、正直便秘になりそうだ。
気の流れの中心だという丹田は、実在器官ではない。意識の置き処、いわば仮想点だ。ないものに気を溜めろと言われても難しいし、日々実践していると豪語する父の、猫背と肥えた下腹を見る度、微妙な理不尽を感じる。

先刻、夕飯後に寝こける父の腹を摘まんだら、べこっと外れた。
表面は丸いが、肝心の田が痩せている。道理で効果が出ないはずだ。庭に下ろし、耕して日光を当て、土壌改善を試みる事にした。
暖かくなったら、下丹田（しもにた）ネギでも育ててみよう。