桜からの祝福

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夫と喧嘩した。春の夕暮れ、家を飛び出した。とりあえず駅向こうの実家に行こうと歩いてきた。
実家のそばに小さな神社がある。とても懐かしくなり足を止めた。寄ってみよう、と思い立つ。
茜さす階段を上り本殿に辿り着くと脇に御神木の桜の花が見事に咲いていた。
私と夫は、赤ちゃんの時からの付き合いだ。ここでよく一緒に遊んだ。泣き顔も怒った顔も笑顔も、それらが『特別』になったのはいつからだったか。

「もう子供はいらない」
とても悲しい言葉だった。

気づくと、目の前に中学生くらいの少女が立っていた。
「パパはね、ママが治療で辛いのを見ているのが苦しくてあんなこと言ったの。安心して、ちゃんと生まれてくるから」
ザーッと風が吹き、億万の花びらが辺りに舞い踊る。それは空に勢いよく巻き上げられて消えてゆく。これは桜からの、祝福だ。
すっかり日は暮れて、一昨年枯れてしまった御神木だけが優しくそこに佇んでいた。
その他
公開:20/03/09 22:32

深月凛音( 埼玉県 )

みづき りんねと読みます。
創作が大好きな主婦です。ショートショート小説を書くのがとても楽しくて好き。色々なジャンルの作品を書いていきたいなと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。
猫ショートショート入選『ミルク』
渋谷ショートショートコンテスト優秀賞『ハチ公、旅に出る』
ベルモニーPresentsショートショートコンテスト[節目]入賞『私の母は晴れ女』
ベルモニーPresentsショートショートコンテスト[縁]ベルモニー賞『縁屋―ゆかりや―』

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