全身話法

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その国の言葉では、かつて「火」のことを「舌」といった。「水」は「肘」であり「風が強い」は「耳が痒い」だった。すべての言葉は身体の部位で語られた。そして現在では実際に身体の部位を使う表現が言葉に代わった。
「今日はいい天気」というときには口を開けて頭を前後の大きく揺らす。「このごろ景気がよくない」は右膝を曲げて左手で右の耳を撫でる。その国では誰もが身体をひねったり伸ばしたりトントンしたりして会話を行う。
親しい間柄になると相手の身体に触れて表現する。恋人同士ではこれが顕著である。「デートしよう」というときには相手の肩甲骨を叩き、「きみが好き」は、相手の鼻を強くひねる「愛している」は、膝で脇腹を強くキックする。
恋人たちの夜が更けるのは早い。互いの身体を叩いたり引っ掻いたり噛みついたりして喋り続ける。夜が明けると傷だらけになった身体のあちこちを痛感しながら二人の愛を確かめ合うのである。
その他
公開:20/03/08 06:31

たちばな( 東京 )

2020年2月24日から参加しています。
タイトル画像では自作のペインティング、ドローイング、コラージュなどをみていただいています。
よろしくお願いします。

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