桜圃

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初春の晴れた休日、美しい牧歌的な原風景が見られると噂の農村を訪ねたときの出来事だ。
辺り一面には水田地帯が広がっていたのだが、看板には『桜圃』と書かれていた。
不思議に思い、水田で作業の真っ最中だった農家と思しきひとに尋ねてみた。
「看板に書かれている、あの漢字は何と読むんですか?」
「『桜んぼ』と読みます」
「サクランボ!? 水田からサクランボができるんですか?」
「食べられる果実のサクランボではなく、桜そのものを移植するんです」
「桜を移植する?」
「そうです。田んぼは漢字で『田圃』と書くでしょ。ここでは、稲の苗のかわりに水桜を移植するので、桜んぼで『桜圃』と書きます」
「わかりました。ところで、水桜とは何ですか?」
「ある農業試験場で芝桜を品種改良して、水面でも桜の花が咲くようにしたんです」

春本番となれば、この水田地帯には芝桜ならぬ水桜の花が満開となり、辺り一面に咲き誇るという。
その他
公開:20/03/07 07:25
更新:20/03/07 11:32
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SHUZO( 東京 )

1975年奈良県生駒市生まれ。奈良市で育つ。同志社大学経済学部卒業、慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。
田丸雅智先生の作品に衝撃を受け、通勤中や休日などで創作活動に励む。
『ショートショートガーデン』で初めて自作「ネコカー」(2019年6月13日)を発表。
読んでくださった方の琴線に触れるような作品を紡ぎだすことが目標。
2022年3月26日に東京・駒場の日本近代文学館で行われた『ショートショート朗読ライブ』にて自作「寝溜め袋」「仕掛け絵本」「大輪の虹列車」が採用される。

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