笑う椅子

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不思議な椅子だった。シンプルな木製の椅子。四本の脚の長さがわずかに違っていてカタカタと音がする。不思議なのは、椅子は自らの意志で音を発するのだった。まるで笑うように。椅子は周りの人に合わせてカタカタと笑った。
笑う椅子は人から人へと渡って、ある一人暮らしの老人の手元にあった。粗末なアパートの一室に老人は椅子を置いた。テレビを見て笑ったり、椅子に冗談を言うと椅子はカタカタと笑った。ガタガタと大笑いして階下の住人から文句を言われることもあった。老人は椅子と楽しい日々を過ごした。
そして年月が過ぎて、老人の部屋から音が途絶えた。孤独死だった。遺品整理業の人が簡素な部屋を片付けにきた。部屋の隅に椅子がひっそりとあった。
老人が病に伏せ、話すことも少なくなり弱っていくのを椅子はそばでずっと見ていた。老人が息を引き取った。椅子は人を看取るのは初めてだった。それ以来、椅子はカタリとも笑うことがなかった。
その他
公開:20/03/05 06:29

たちばな( 東京 )

2020年2月24日から参加しています。
タイトル画像では自作のペインティング、ドローイング、コラージュなどをみていただいています。
よろしくお願いします。

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