雛発ち
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三月三日の夜、仕事終わりに見上げた空を、上弦の月型をした紅いものがフイ、、と横切った。
やや歪な桜餅にも似たそれが、衣を広げた雛人形の裏だと気付く頃には、家々の軒を、公園の並木を、薄明りの街灯をすり抜け、大小様々の影が一面に舞っていた。錦の刺繍や髪飾りが光り、扇に結わえた五色の糸と、長い黒髪が尾を引く。そうか、今日は雛発ちだ。納得に至ると、私は停めた足を急がせた。
家に着くと、折しも妻が、人形を降ろすところだった。
「お帰りなさい。遅かったわね」
「……あの子は?」
微笑む目線の先、寝息を立てる娘。パパのせいで今年は見損ねたと、後で恨まれそうだ。何か機嫌取りを考えないと。
「さぁ送りましょう」
妻の手の中で、人形は桃色の衣を羽ばたかせ、星をまとって飛び立った。――娘の一年の、健やかな成長を。親達の願いを乗せて天宮へ渡り、次の節分に還って来る。
やがて巣立つ娘の姿と重ね、胸がじんと痺れた。
やや歪な桜餅にも似たそれが、衣を広げた雛人形の裏だと気付く頃には、家々の軒を、公園の並木を、薄明りの街灯をすり抜け、大小様々の影が一面に舞っていた。錦の刺繍や髪飾りが光り、扇に結わえた五色の糸と、長い黒髪が尾を引く。そうか、今日は雛発ちだ。納得に至ると、私は停めた足を急がせた。
家に着くと、折しも妻が、人形を降ろすところだった。
「お帰りなさい。遅かったわね」
「……あの子は?」
微笑む目線の先、寝息を立てる娘。パパのせいで今年は見損ねたと、後で恨まれそうだ。何か機嫌取りを考えないと。
「さぁ送りましょう」
妻の手の中で、人形は桃色の衣を羽ばたかせ、星をまとって飛び立った。――娘の一年の、健やかな成長を。親達の願いを乗せて天宮へ渡り、次の節分に還って来る。
やがて巣立つ娘の姿と重ね、胸がじんと痺れた。
ファンタジー
公開:20/03/03 23:06
創樹(もとき)と申します。
葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書きもどきをしております。
小石 創樹(こいわ もとき)名にて、AmazonでKindle書籍を出版中。ご興味をお持ちの方、よろしければ覗いてやって下さい。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.13執筆&編集
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。
【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞 2022年6月作品集出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞
第二回ひなた短編文学賞 双葉町長賞
いつも本当にありがとうございます!
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