乳歯の男

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 あなたは、抜けた全ての乳歯を記憶に留めているだろうか?
 ぐらつく歯に、舌先や指先で執拗に触れているときの、愛護と残虐とがないまぜになった感覚。乳歯を繋ぎとめている、よくわからない一点がプチンと千切れた直後からの異物感。それがカチカチと「自分の」歯にぶつかる感触の涼やかさ。ナンコツなどでは代替不能な乳歯ならではの実在感。
 私は、全てを覚えている。だが私の乳歯は全て失われてしまった。実家の屋根や縁の下。母の引き出しや通っていた歯医者を隈なく捜索したが、時すでに遅しだ。私はもはや私自身の乳歯を取り戻すことはできないことに深く絶望した。
 だから「乳歯買い取ります」という広告を出したのである。
 目的は、それを摘み、眺め、現在の私の歯列にある隙間に危うく挟んで指先や舌先で突き、ねぶることだ。そうして集めた乳歯をさまざまに組み替え、理想の歯列が完成した暁には、それらでインプラントするのである。
その他
公開:19/12/14 09:37
更新:19/12/14 09:38
シリーズ「の男」

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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