雪見酒

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都内に隠れ家的なバーがある。冬の期間だけ開店する『雪之下』だ。
店内には、色白で品のある初老のマスターが一人と、カウンター席が五つあるだけだ。メニューも「雪見酒」の一品で、その名のとおり雪を見る酒だ。
雪見酒は、四十七都道府県から原産地をセレクトでき、生まれ育った奈良県の雪見酒をオーダーした。
しばらくして何の変哲もない無色透明な水割りが出てきた。ただ、驚くべき光景はこれからだ。
明るい店内を真っ暗にすると、雪見酒の入ったグラスの中で雪が舞っている。きらきらと輝き美しい。
奈良県の場合、北部ではめったに雪が降らないため、南部は熊野古道に通じる吉野の雪景色らしい。
雪見酒を一口啜ると、南北朝時代に京都から吉野に逃れた後醍醐天皇とおぼしき人物が、雪を眺めている情景が脳裏を駆けめぐった。
歴史も感じることができる神秘的な雪見酒で心地よく酔いがまわってくる。
店を出ると、都内にも初雪が舞っていた。
その他
公開:19/12/10 19:55
雪見酒 奈良県 熊野古道 吉野 南北朝時代 京都 後醍醐天皇 都内 初雪

山田衆三( 東京 )

1975年奈良県生駒市生まれ。奈良市で育つ。同志社大学経済学部卒業、慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。
田丸雅智先生の作品に衝撃を受け、通勤中や休日などで創作活動に励む。
『ショートショートガーデン』で初めて自作「ネコカー」(2019年6月13日)を発表。
読んでくださった方の琴線に触れるような作品を紡ぎだすことが目標。
2022年3月26日に日本近代文学館で行われた『ショートショート朗読ライブ』にて自作「寝溜め袋」「仕掛け絵本」「大輪の虹列車」が採用される。

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