ある小説家の情景

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 ブーツは歪に形を曲げ玄関に放置されていた。
 夕夏は、冬眠へ向けて支度を終えたリスの巣のようなアパートの一室で小説を書いている。
 明るいディスプレイに映し出される文字列だけが、暗がりの中に浮かぶ唯一の世界のようだ。長方形の中に生成しては消滅する文字列。暫時明滅を繰り返しては、突如として膨大な文字列が消えずに残される。創造の神として、夕夏は無限の責め苦に耐えていた。沸騰したマグマのように頭蓋の内側は発熱している。インナー式のイヤホンから聞こえる音楽はいつの間にか途絶え、体内の血液の拍動音しか聞こえなくなっていることに彼女は気づいていない。
 不意にピアニストのようにキーを叩いた時、外でヒヨドリが鳴き、始発列車がレールの上を滑り出した。そのとき頭のマグマは噴出するのをやめた。
 後はぐったりと、ソファに倒れ込むだけだった。体は沈み、床を通って地層の奥底まで、溶けて浸み込んでいくようだった。
青春
公開:19/12/08 18:48
更新:19/12/08 18:50
小説

水素カフェ( 東京 )

 

最近は小説以外にもお絵描きやゲームシナリオの執筆など創作の幅を広げており、相対的にSS投稿が遅くなっております。…スミマセン。
あれやこれやとやりたいことが多すぎて大変です…。

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