架空の家

6
7

「驚くなよ」
夫が楽しそうに言う。
「隣の家、架空なんだよ」
「架空って?隣の奥さんなら今朝も挨拶したよ」
「架空のな」
夫は何を言っているのだろう。とはいえ少し腑に落ちるところがある。隣の家には生活の気配を感じない。料理を作る音や匂い、洗濯や掃除、玄関や窓の開け閉めといった人の動きが感じられないのだ。ベランダには洗濯物が干してあるし、ガレージには車もある。ただそれはもう何年もそこにあるだけで、取り込んだり動かしたりということがないのだ。
架空の家。架空の隣人。あぁ。おもしろくなってきた。私はカーテン越しに隣の家を監視することにした。
「証拠はあるの?」
「さっきゴミ出ししたんだよ、架空の夫が」
確かに集積所には袋がひとつある。夫は中身を確認すると言って家を出た。すると隣の家から数人の男が飛び出してきて、夫を家に引きずりこんでいった。
こちらを狙う無数の銃口。
あぁ。私は人質を失ったのか。
公開:19/12/03 19:33

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容