時雨雲のむこう側

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 暖かな雨だ。雲が北風に吹き払われるまでは冷え込む心配はないとラジオが伝えていた。体を起こすと北の窓が正面に見える。映画館のように暗い室内。スクリーンのように明るい窓。純白の時雨雲が全ての距離感を塗りつぶしていた。
 窓の下半分を占めているはずの渋沢連峰も今朝は見えず、窓は上から下まで空である。

「お山の向こうには何があるのだろう」
 小学生だった私は地図帳を開いた。そこには幾重にも重なる茶色の襞が書かれていた。
「お山の向こうは海さ!」
 中学1年生の私に、日焼けした友人が言った。彼は自転車で、山の向こう側へ行ったという。
「嘘だ! お山の向こうはお山ばかりだ」
 私はボロボロの地図帳を彼に投げつけ、そして泣きじゃくった……

 強い風が窓を揺らし始め、雲が吹き払われてしまうと、窓いっぱいに青空が広がった。
 その下でキラキラと光っているのは、海なのか、涙なのか、私には分からなかった。
ファンタジー
公開:19/12/02 12:59
更新:19/12/02 13:04

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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