源さんの蕎麦

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源(げん)さんは、いつもその蕎麦屋の入り口右側のテーブルでざる蕎麦をすすっていた。お銚子を一本そえ手酌で呑みながら。

店主が代替わりした時、源さんはポツリとつぶやいた。

「先代の味は消えちまったな」

僕でさえその違いはわかったから、意を決して源さんにそう話しかけると、

「おう、若けえの。お前さんも気がついたかい」

そう笑って酒をすすめられたことで親しくなった。

蕎麦の味が落ちたのではなく高レベルで美味しいものを出していたのではあるが、源さんも僕もなかなかなじめなかった。

しかし、他に好い店もなく、選択肢がないまま通っていたある日、源さんが珍しく天ぷらそばを食べていた。そして、その事件は起こったのだ。

源さんはなんと無銭飲食で捕まったのだ。

僕は蕎麦屋を始める決心をした。源さんに食べさせてやるのだ。あの先代の味を。

なーんて話を、駅の立ち食い蕎麦で、私はお客に語った。
ファンタジー
公開:19/11/29 07:00
197 蕎麦の味

武蔵の国のオオカミ( ここ、ツイッタランド、タイッツー )

武蔵の国の辺境に棲息する“ひとでなし”のオオカミです。

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