墨絵を描く男

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散歩で立ち寄った骨董屋の店先に、死んだ妻にそっくりの墨絵が飾ってある。
私は驚いて足を止めた。
額入り350円はいくらなんでも安すぎる。私はやるせない気持ちになって、骨董屋に「釣りはいらない」と言った。それでもたった1000円の妻。
すると骨董屋は「誰にでも売るわけではないので」と言って、丁寧にコーヒーを淹れ、椅子をすすめてきた。
どうしても妻を連れて帰りたい私は椅子に座り、コーヒーを口にした。好みの深煎り。妻が淹れてくれたのと同じ味がした。
「それ別料金ですから」
「払いますよそれぐらい!」
腹を立てた私に、
「冗談ですよ」
と骨董屋は笑っている。まったくふざけた店だ。
「早く包んでくれ」
急かしてみても、骨董屋は動こうとしない。
よく見ればどこかで見たことのある男。
「おなか減ってませんか」
などと言う。
「あんたどこかで…」
それから骨董屋は、徘徊する自分の父親の話を私に聞かせた。
公開:19/11/24 08:35

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