僕は肉食獣

　僕らはいつも背中合わせの関係だった。
「草食動物、とくに馬は視野角が三五十度もあるんだからね。私たちか弱い人間も警戒しないと」
　そう言ってぴたりと背中をくっつけ、行きがけにパン屋から買ってくるのだという日替わりのお勧め品を口に運ぶ、すこし変わった女の子だった。
　学生服ごしに体温がとけて混ざり合っているというのに。死角に入ったぼくにこそ警戒すべきではなかろうか。牙を剥きたい。がおーっと。
　肉食獣なんだぞアピールとして、ここ数日の僕は焼肉弁当ばかり食べていたりするのだけれど、果たして気づいてくれただろうか。
　正常な男子高校生にとって、自分の彼女と向き合うことを禁じられ、なおかつ背中がふれあい続ける数十分間は、拷問に等しい。
　さりとて僕も、愛おしい彼女の信頼を裏切りたくはないのだ。
　この淡くしあわせな時間のために。
　男子高校生の性欲なんて、いっそ消えてしまえばよかった。