欲しい言葉

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 寝癖よし、襟元よし、ネクタイよし。鏡の前で身だしなみをチェックする。着慣れないスーツ姿の自分は、なんだかぎこちなくて頼りない。ため息が出そうになるが、両手で頬を叩き、喉の奥に押し込んだ。鞄を持ち、玄関に向かう。履き慣れない革靴はなかなか自分の足を受け入れてくれない。ぐいぐいと足をねじ込むと靴のかかとが少し潰れた。

 就職活動が始まって3ヶ月。第一志望のアグリットからは、昨日お祈りメールが届いた。そこは有名なIT企業で、農業事業にも乗り出している。農業にAIを。そのキャッチコピーで、新しいAIシステムを開発している。「この会社でなら」と故郷の畑を思い浮かべながら、エントリーシートを書いていた。

 重たい靴を履いて歩き出す。するとアパートの隣の部屋から、くたびれたスーツ姿の大学生が出てきた。その姿は先程の鏡の中の自分とよく似ていた。

まだ大丈夫。

俺は不思議とそう言ってやりたかった。
青春
公開:19/11/18 02:09

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