渋谷の風

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 ある、うららかな春の日。一匹の犬が、渋谷の雑踏の中を歩いていた。
 やがて「ああ、ここだ」と言わんばかりに足を止め、ちょこんと座ると行き交う人々をのんびりと眺めている。
 やはり、あるうららかな春の夕方。一人の紳士が、同じく渋谷の雑踏を歩いていた。そして「ああ、あそこだ」と言わんばかりに足を速め、先ほどの犬に駆け寄った。
「やあ、待ったかい? ごめんよ遅くなって」
 犬は、大きな尻尾をフル回転して答える。
「いいえ。街の人たちを見ていましたから。変わらず皆さん、楽しそうで。賑やかで。華やかで。何度来ても素敵な街ですね、ここは」
「私は今度、月渋谷に生まれ変わるそうだ」
「えっ。実はボクもなんです、月渋谷」
「じゃあ、またな」「はい、また」
 ひとつの風が、渋谷の街を流れていく。
 ふたつの魂は、風船のようにゆっくりと舞い上がると、想い出の街を見送っていった。
ファンタジー
公開:19/11/17 14:29
更新:19/11/17 15:52
渋谷 渋谷ショートショートコンテスト

二森ちる( 瞑想と妄想の森で )

二森(ふたもり)ちると申します。
人生の節目に、二つ目の名前をつくりました。童話や小説などはこの名で執筆しています。
怪談やホラー系は「鬼頭(きとう)ちる」名義で活動しています。
どうぞよろしく。

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