スポイトの男

16
14

 私はデッサンモデルのクラブに所属しているのだけど、時々、芸術家ではない人の所へ派遣されることがある。この間の人はごく平凡な、前髪長めの中年サラリーマン。
 指定されたホテルの部屋で、まあ全裸は当然で。私が脱いでいる間に、彼は鞄から墨汁の付録についていたみたいな小さなスポイトと、未開封のクリスタルガイザー700ml一本を取り出して、「ヘンな水じゃないから」と言いながら開封するとホテルのタンブラーへ注いだ。そして「ベッドの上で体育座りをして下さい」と私を見ずに言って、私の鎖骨の凹みへスポイトに吸わせた水をチュッと注いでは、チュッと吸取る、を繰り返すんだ。
 続いて、仰向けの臍で。横向きの腋で。四つん這いの背中で。猫のポーズの肩甲骨で。うつ伏せの膝裏で。チュッチュッチュッ(ゴク)。チュッチュッチュッ(ゴク)
 水が無くなった時点でシャワーを浴びて終了した。所要時間5時間弱の楽な仕事だったよ。
その他
公開:19/11/17 19:09
更新:19/11/17 19:13
シリーズ「の男」

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容