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海中を深く潜りながら、ダイビングなんて久しぶりだと考えた。昼ごろにはじめる積りだったのが、佳織の買い物が長引いて夕方になった。
不意に彼女が僕の腕を掴んで、なにかを見つけたのを訴えてきた。ひどく昂奮しているようだった。指先の示す方を追うと、薄らと黒い影が見える。
さらに深くまで達すると、それは輪郭を明瞭にした。忠犬ハチ公像だった。
第二次世界大戦に際して一度は溶解されたが、その数年後には再建され、以降あらゆる戦禍や災害に耐えてきたという。海面上昇後も埋立て地には移されず、こうして海底に鎮座しているのだ。
僕たちは街の名残りを味わいつくしてから浮上した。陽が沈もうとしていた。眼の前には燃えるような水面が拡がり、ビル群の影が揺れている。
「ねえ、飛行機」
佳織が頭上を指さした。三台の戦闘機が夕空を駈けていった。またはじまるのだと思った。水底の彼だけは、いつまでも生き延びてほしいと願った。
その他
公開:19/11/17 18:53

くまがい

デジタル土方から抜け出すために文章を書いています。
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