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訪問先は宮益坂途上の雑居ビルと聞いていたが、そこに出る出口が見つからない。就職するとたちまち九州に配属されて、以来ずっと向うで過ごしてきたから、渋谷駅に降りるのは卒業ぶりだった。
当時から複雑な構内には慣れなかったが、二十年も経つとすっかり忘れている。造りもずいぶん違っていた。
構内をふらふら歩いていると、ひとごみのなかを若い男が駈けてくるのに出くわした。咄嗟に僕は、彼を知っていると思った。
背負われたギターケースは、確かに僕が大学二年生のときに中古で買ったものだった。洒落ていると思っていた髪型も、いま見るとどこか田舎くさい。
あの頃はいずれ自分が音楽を生業にすると信じていた。度重なる出張で草臥れたスーツを見おろす。これはこれで馴染む心地がした。肩が触れてよろめいた彼に、僕は思わず声をかけていた。
「ごめんな」
彼はこちらを気にかけることもなく去っていった。出口は相変らず見つからない。
その他
公開:19/11/16 14:52

くまがい

デジタル土方から抜け出すために文章を書いています。
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