これ、残業、つくかしら。

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 終業間近の窓口で、精魂尽きて眼も虚ろ。そんな私の面前に、簡易書留差し出した、六、七十のかくしゃくと、した老人に釣銭を、渡した後の決め台詞、
「お客様。お控えがあります」を、
「お客様、お控えなすって」と、
 噛んだ私が悪いのか。
 さっと両手の親指を、ベルトループにさし挟み、片足引いて頭下げ、
「こちらはしがない隠居の身。どうぞお控えなすって」と、
応えた爺が悪いのか。
「自分は窓口担当でござんす。お客人こそお控えなすって」
「そう申されては恐縮至極。どうぞお控えなすって」
「これでは進みませぬゆえ、どうぞお控えなすって」
「そうまで仰られた上は、お言葉に従い、控えさせていただきます」
「早速のお控えありがとうござんす。はばかりながら他のお客様、次長、課長、同期の桜、皆々様でご免ください。
 本日最後の手配ごと、ロマンスグレーの親分に、遅ればせの仁義、切らせていただきます……」
 はぁ。
ファンタジー
公開:19/11/15 17:13

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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