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散歩中、初めて曲がった角の突き当りに、僕はその木を見たのです。
古代紫より、やや色目の明るい、鈴生りに付いた小粒の実。作り物と見紛う程に鮮やかで、十分ばかりも佇んでいたろうと思います。
「紫式部ですよ」
垣の内から声が掛かり、僕はどきりとしました。他人様の門前で不躾をしてしまった。ましてやそれは、若い女性の声だったので。
「失礼を。つい見惚れて」
くすりと笑う声。下げた頭に枝が触れ、ぱたたと落ち掛かる紫の粒。反射的に掌へ受け、過ちに気付いても後の祭り。
「済みません!大切なお庭の物を」
「熟せば落ちる実ですから」
「はぁ、その……雅なお名前ですね」
上げた頭の先。風雨に晒され、半ば崩れた竹垣がぐるりを囲む奥は、これもいつ立てたとも知れぬ売家の看板が、一本傾いているきりで。
――ぱたた。紫が肩から掌を伝って、アスファルトを打ちました。
もう片方に杖を固く握り締め、僕はなおも動けませんでした。
古代紫より、やや色目の明るい、鈴生りに付いた小粒の実。作り物と見紛う程に鮮やかで、十分ばかりも佇んでいたろうと思います。
「紫式部ですよ」
垣の内から声が掛かり、僕はどきりとしました。他人様の門前で不躾をしてしまった。ましてやそれは、若い女性の声だったので。
「失礼を。つい見惚れて」
くすりと笑う声。下げた頭に枝が触れ、ぱたたと落ち掛かる紫の粒。反射的に掌へ受け、過ちに気付いても後の祭り。
「済みません!大切なお庭の物を」
「熟せば落ちる実ですから」
「はぁ、その……雅なお名前ですね」
上げた頭の先。風雨に晒され、半ば崩れた竹垣がぐるりを囲む奥は、これもいつ立てたとも知れぬ売家の看板が、一本傾いているきりで。
――ぱたた。紫が肩から掌を伝って、アスファルトを打ちました。
もう片方に杖を固く握り締め、僕はなおも動けませんでした。
ファンタジー
公開:19/11/13 00:50
散歩道で見た⑦
ムラサキシキブ(紫式部)
創樹(もとき)と申します。
葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書きもどきをしております。
小石 創樹(こいわ もとき)名にて、AmazonでKindle書籍を出版中。ご興味をお持ちの方、よろしければ覗いてやって下さい。
https://amzn.to/32W8iRO
ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.13執筆&編集
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。
【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞 2022年6月作品集出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞
第二回ひなた短編文学賞 双葉町長賞
いつも本当にありがとうございます!
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