隠すなら

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「木を隠すなら森の中って言うんだよ。」
 渋谷駅前の交差点を渡る際、私は姉の言葉を思い出していた。小学生の頃の話だ。
 私たち姉弟は家の決まりで漫画を読むことを禁じられていた。しかし誘惑に負けた私は、つい学校帰りに一冊漫画を買ってしまった。両親はこっぴどく私を叱り、漫画は処分された。泣きに泣く私を見かねた姉は、同じ漫画をこっそり買って私にくれた。そして言った。
「本棚に混ぜちゃえば気づかれないよ。こんなに本があるんだもん。」
 あの頃はいつも姉が両親から私を守ってくれた。姉は私にとっていつも救いだった。
…そんな姉も、両親からの重圧に耐えきれず自ら命を絶ってしまったが。
 行き交う人々に何度も踏まれたのか、くしゃくしゃの新聞紙が一枚風で舞った。
「両親刺殺」の文字と見慣れた顔写真がなびいている。

 木を隠すなら、森の中。
 漫画を隠すなら、本の中。
 それなら私は、群れの中。
ミステリー・推理
公開:19/11/13 13:34

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