裏木戸ゴッホの南京錠

「裏木戸は打ち付けてしまいなさい！」
　水晶玉を凝視した頭巾の老婆が皺々の指の小さな真珠を象嵌した付爪を、ど～～～ん、みたいに私に向かって突き出した。
　でも私は「しゃぶって欲しいのか?」 と思えるくらい覚めていた。６ｋワンルームには庭も裏口もないのだ。
「打ちつけなかったら？」（社交辞令）
「我が者顔だろうさっ！」
　水晶玉は老婆の唾飛沫でべちょべちょになり、それがゆっくりと垂れていく表面張力がもたらす厚みは、髑髏シャンデリアで揺らめく真っ赤な和蝋燭の炎にあやしい舌のようだ。
「何かの比喩ですか？」（歩み寄りの姿勢）
「世の中に比喩でないものなどないっ！」（表面張力）
「打ち付けるのはちょっと……」（敷金）
「ならばこの鍵を取り付けなさい」（アイテム課金）

　そのＭＩＷＡの南京錠は明らかな中古品で、表面にマジックで「裏木戸ゴッホ」と書いてあった。私はそれを自転車の鍵として使用している。