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「私は柴犬が好き。だから追いかける。ただそれだけのこと」
「日本語がお上手なんですね」
「私は何度もこうして職務質問を受けています」
「何度も」
「かなしいとき、つらいとき、私は日本に来て、柴犬を追うことで救われているの」
「つらいのですか」
「少しね」
「かなしいのですか」
「少し。もういいかしら。犬が行ってしまうわ」
「実は飼い主からの通報なんです」
「なぜ」
「有名なハリウッドスターに尾行されていると」
すると彼女は映画のワンシーンのように笑った。
「日本中で何の罪もない柴犬があなたのようなハリウッドスターに尾行され続けています」
「行くわ」
住宅街を抜けた柴犬は、夕暮れ迫る堤防で手綱から放たれた。河川敷を飽きるまで駆けていた犬は、やがて自分の尻尾を追いかけていつまでも円を描いている。
茜色に染まるスターが、それを見つめて合掌するのを見た。
私は警帽を取り、そのすべてに敬礼していた。
公開:20/01/17 14:22

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