優しい気持ち

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始発電車が動く頃に夫は帰宅した。
遅くなると連絡があったきりで心配していたが、結局朝まで事務所で仕事をしていたらしい。今日は大事な会議があるからと、シャワーを浴びてまた出かけようとしている。
布団から出た私は、せめて温かいものをと、朝御飯の準備をはじめた。
湯上がりの夫の背中には満開の桜と毘沙門天。還暦を過ぎても背中は勇ましいままだ。
血圧の高い夫の味噌汁にはリンゴ酢を入れる。世間からは疎まれる夫でも私にはかけがえのない人。健康には気を遣っている。
「ないっ!ないぞ」
夫が棚の引き出しを乱暴に開けてまわっている。
「何を探してるの」
「優しい気持ちだよ。買い置きのがあったろ」
「あ、そこ開けちゃダメ」
夫が開けた押入れから、縛りあげた若い男が転がり落ちる。
「あなたを狙ってるって言うから」
日本刀を手にした夫に私は優しい気持ちを貼り、最高幹部会議へと送り出した。
「片付けはしておくからね」
公開:20/01/14 11:37

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