悪い冗談

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妻が交通事故に遭った。意識不明の重体だった。事故から三日が経つ今も目を覚まさずに眠り続け、私には妻の蒼白な寝顔を見つめる他に術がなかった。

冷静沈着で、感情を表に出すことの少なかった妻。一方で冗談を好み、表情を変えずにさらりと愉快なことを言っていた妻。三日という、奇跡の到来を待ち続けるには長すぎる時間が、妻との記憶を呼び起こさせていた。妻は冗談を好む女性だったが、悪趣味な冗談を愉快がる癖もあり、時おり私はその趣味を悪癖とさえ感じていたのを思い出した。だが、そんな妻の冗談など、現状に比すれば些末だった。妻が昏睡する現実こそが、悪い冗談に他ならないものだった。

しかし四日目に、奇跡が起きた。私の眼前で、妻が意識を取り戻したのだった。
小さく唸り、目を開く妻。私は感激に椅子から立ち上がり、見下ろす形で妻と相対した。交錯する視線。一瞬の間。その後に、妻が呟いた。

「……あの、どなたですか?」
その他
公開:20/01/08 23:35
更新:20/01/08 23:43

徳田マスミ

ショートショートを好むのです。
コメディからブラックまで、色んな話を書きたいと思います。

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