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【1.水の落下、2.照明用ガス、が与えられたとせよ】
それは、マルセル・デュシャンの【遺作】だった。
当時の私は覘きからくりが大好きな少年だった。それを知っていた東京の伯母が、私をデュシャン展へつれていってくれたのだ。伯母は私を真っ直ぐに【遺作】の前へ引っ張っていき、突然腰を屈めると、「トモ君。こういうの好きなんでしょ」と、私を背後から抱えあげた。強い香水の匂いと柔らかな胸の感覚にドキドキしながら、木製の扉の高いところにあった二つの覘き穴を、伯母と分かち合って覘いた。
そこには草があり川がありランプがあり山があり、白い粘土ような地面があり、単純で複雑な亀裂があった。
「あれは私よ」
伯母はそう囁いて、私を床におろした。
私は、その夜に熱を出し、「覗きからくり」への興味を失ったのだが、その代わり今の私は、あちら側を見通すことのできない「鍵穴」を覘く行為をやめることができない。
それは、マルセル・デュシャンの【遺作】だった。
当時の私は覘きからくりが大好きな少年だった。それを知っていた東京の伯母が、私をデュシャン展へつれていってくれたのだ。伯母は私を真っ直ぐに【遺作】の前へ引っ張っていき、突然腰を屈めると、「トモ君。こういうの好きなんでしょ」と、私を背後から抱えあげた。強い香水の匂いと柔らかな胸の感覚にドキドキしながら、木製の扉の高いところにあった二つの覘き穴を、伯母と分かち合って覘いた。
そこには草があり川がありランプがあり山があり、白い粘土ような地面があり、単純で複雑な亀裂があった。
「あれは私よ」
伯母はそう囁いて、私を床におろした。
私は、その夜に熱を出し、「覗きからくり」への興味を失ったのだが、その代わり今の私は、あちら側を見通すことのできない「鍵穴」を覘く行為をやめることができない。
その他
公開:20/01/08 14:21
シリーズ「の男」
新出既出です。
twitterアカウントでログインしておりましたが、2019年末から2020年年初まで、一時的に使えなくなったため、急遽アカウント登録をいたしました。過去作は削除してはおりませんので、トップページの検索窓で「新出既出」と検索していただければ幸いです。新出既出のほうもときおり確認したり、新作を挙げたりします。どちらも何卒よろしくお願いいたします。
自己紹介:「不思議」なことが好きです。
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