ベージュの森

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「晴れてよかったな」
誘拐犯の声には聞き覚えがあった。
降り続いていた雨は解放にあわせるように止んだ。
私は目隠しをされたまま年齢を数えるように命じられた。誕生日がくれば88だ。この年で誘拐されるなんて人生はわからない。
解放された場所は幼い頃によく遊んだお寺の裏山だった。
乱暴に扱われることはなく、お金の要求もなかった。ただ朝食の準備と夜のお燗番を頼まれただけ。
迎えに来る人など私にはいないし、警察が駆けつけるわけでもない。私が黙っていれば誘拐を知られることはないだろう。
風のない森の静寂。
目隠しを外してくれたのは一頭のカモシカだった。遠ざかる足音を聴きながら光の感覚が蘇り、目が慣れたころには、そのカモシカは遠い場所で私を見守っていた。
犯人の顔は見なかったけれど、その気配やにおいに懐かしさを感じて、怖さはなかった。
私は墓石の玄関を開けて、いつもの壺に帰った。
次の誘拐が待ち遠しい。
公開:20/01/07 12:04

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