矢野家の夏

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『9回裏、二死満塁!』
 次の応援曲は『狙いうち』。打席に立つのは、不動の4番、矢野達也君。急逝した父の宿敵校、応援団員だった祖父の母校で最後の夏に挑む。
 
 鉢巻を風に揺らし、合図を待つ。
 ファンファーレにも似たトランペットの音色。私は祈りが届くようにとシンバルを打ち鳴らした。応援席、グラウンド、両者が作り上げるひとつの作品。ふいに、ピッチャーが私を振り返る。
 分かっている。こっちの試合もまだまだこれからだな。

「こりゃ、じいちゃんらも天国で試合しよるな」
 老いた娘がテレビの前で笑う。8月13日、カン、と甲高く鳴り響いた打撃音。白球は天に導かれて、私達の元まで届く。
『当時の父親と同じ応援曲で、フルスイングだ!』

 天まで届く白球ににやりと笑い、汗を拭う。やれやれ。
 天国にも甲子園があると孫に教えてやりたいが、それはゆっくりでもいいだろう。見ると、息子も笑っていた。
青春
公開:19/12/29 15:45
更新:19/12/31 13:09

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