プリンセス・バスタイムⅣ

僕はそれを、藁にも縋る思いで手に入れた。
ネット限定の入浴剤。ヴィラン工房の『プリンセス・バスタイム』風呂に入れると、おとぎ話のお姫様気分を味わえる。不幸、破滅、呪いに死。めでたしめでたしで終わらない、苦痛と残酷のバッドエンド。
死ぬまで続く眠りより、現実の悪夢の方が耐えられる。交通事故で昏睡状態の妻。目を覚ましてくれたら。どんな未来でも、二人一緒なら。
レースの袋に入った、いばら姫の湯。眠る妻を抱いて湯船に浸かる。バラの香りが染み付いた病院臭を消してくれる。
内心諦め半分に唇を重ねる。お湯が肌に合わないのか、ちくちくする。おまけにすごく、眠い――

夢かと思った。
妻の目が僕を見ている。
「……あな、た…？」
ああ、妻の声だ。力一杯抱き締めようとして、お湯が空なのに気付く。錆だらけの湯船は、触れただけでもろりと砕けた。
今は西暦何年だろう。そんな遥か先の未来は、さすがに考えもしなかった。